Blog

2026/01/02 17:38

― マルタン・マルジェラ、エルメスの時代 ―

2018年、パリのパレ・ガリエラで開催された「Margiela, les années Hermès」は、ファッション史において特異な静けさを湛えた展示だった。
それは派手な回顧でも、センセーショナルな演出でもない。むしろ、削ぎ落とされた空間の中で、服そのものの存在が語り始めるような展覧会である。

本展が焦点を当てるのは、マルタン・マルジェラがエルメスのウィメンズ・アーティスティック・ディレクターを務めた1997年から2003年までの6年間。この協業は、当時のファッション界にとって意外性のある組み合わせだった。
匿名性、デコンストラクション、反モードといった文脈で語られることの多いマルジェラと、伝統と職人技を重んじるエルメス。しかし実際に生まれた服は、そのどちらにも回収されない、極めて静謐で成熟した佇まいを持っていた。

エルメス時代のマルジェラの服は、主張しない。
過剰な装飾も、流行への迎合もない。だが、素材の選択、分量の取り方、身体と布の距離感には、徹底した思考が宿っている。そこにあるのは「新しさを誇示する服」ではなく、「長く共に生きるための服」だ。

本展では、120体におよぶスタイリングされたシルエットを通じて、エルメスのために制作されたウィメンズ・コレクションと、マルジェラ自身の名を冠したブランドでの創作が対比される。
この並置によって明らかになるのは、表現の強度が必ずしも視覚的な過激さと比例しないという事実である。むしろ、制約の中でこそ、マルジェラの美意識は研ぎ澄まされていった。

革新的なデコンストラクションと、時代を超えるラグジュアリー。
一見相反するこの二つは、エルメス時代のマルジェラにおいて、対立ではなく「共存」として成立している。服は語りすぎず、着る人の生活に静かに寄り添う。その姿勢こそが、この時代の作品を特別なものにしている理由だろう。

「Margiela, les années Hermès」は、フランスにおいて初めて、このエルメス時代の仕事を体系的に紹介した展示であり、芸術監修はマルジェラ本人が務めている。
それは回顧ではなく、再解釈でもない。むしろ、彼自身が自らの創作を“距離を持って見つめ直す”ための場であったようにも感じられる。

声高に語られることのない6年間。
しかしその静けさの中にこそ、マルタン・マルジェラというデザイナーの核心が、最も純度の高いかたちで存在している。